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  • 2016.01.29 Friday
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安倍談話

まずコレ。▼安倍政権は「第3次アーミテージ・ナイレポート」通りに動いている
http://yokohamajipsy.blog.fc2.com/blog-entry-12490.html

【戦争法案】▼日本が米国の侵略にどう関わるかは米支配層が決めることで、安倍首相の約束は何の意味もない/集団的自衛権を行使できるようにしろと命令してきた米支配層は軍情報部の警告を無視して「イスラム国」を育成/米軍の戦闘ヘリが墜落、負傷した自衛隊員が所属する特殊部隊は米英の場合、テロ部隊と紙一重
http://blog.goo.ne.jp/beingtt/e/0e621301bb58027371135b0fd3095fdf

←原稿が投影される両脇のプロンプターを見ながら,記者会見で戦後70年の談話を発表する安倍晋三首相 http://www.asahi.com/articles/ASH8G5HW0H8GUTFK00N.html
歴史改竄主義者のナチスCIA統一凶会の安倍が、やらかしてくれたね。 それにしても、安倍談話全文を引用しながらの岩上安身氏の考察は鋭いね。↓必見。
▼安倍談話はやはり村山談話の否定だった!浮かび上がる「積極的平和主義」と「TPP」の正体 〜単なる米国の「属国宣言」に過ぎないという本質と本音
安倍談話は「過去の日本の侵略や植民地支配への痛烈な反省とお詫び」ではなく「米国の属国としてこれから歩んで行く日本」を再確認するもの。先の米議会演説の単なる焼き直し。米国を名指しでヨイショ、米議会演説で見せた安倍の媚米姿勢。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/258098

(岩上氏ブログより一部引用) 「今の我々には謝罪は必要ない」という意識が、文章のそこかしこから滲んでいるのがみてとれる。その一つの証拠に、談話に出てくる「植民地支配」は、「西洋諸国が行ったもの」という意味合いでしか登場しない。
そして極めつけは、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という一文が唐突に登場する点だ。
これは、許されない一文である。もし仮にそう思うのであれば、安倍総理の世代が、ぐだぐだと歴史修正主義的な発言や行動を重ねることなく、潔く、過去の侵略戦争と植民地支配について徹底的に詫びきって、次世代にバトンタッチしていくべきである。
中韓との間のわだかまりを蒸し返し、再生産しているのは、大衆的なナショナリズムを刺激し、それを権力掌握のために政治利用してきた安倍総理はその同類のエセ保守・エセ愛国政治家たちに他ならない。
彼らのせいで、後続世代はまた、居心地の悪い思いをしなくてはならないのである。
また、植民地支配のお詫びも直接的にはない。それどころか、朝鮮、満州の支配を巡って争った日露戦争を輝かしい歴史であるかのように自画自賛しかし、日清・日露と連続して国土である朝鮮半島を戦場にされ、戦禍に巻き込まれて、日本人、清国人、ロシア人以上に市民に犠牲者を出した朝鮮・韓国人への配慮は微塵もない。
立憲主義を明確にし、国民主権、基本的人権、平和主義を明記した、戦後憲法に対しては、その価値について一言の言及もない。
安倍晋三という政治家のキャリアを振り返ってみれば、戦後憲法については散々に貶め、9条については「禁治産者」とまで罵り、自民党の改憲草案を掲げて、近代憲法の基本原理である
立憲主義を根底から覆すことを目論んでいる。この点も忘れてはならないし、この70年談話のそこかしこに散りばめられた美辞麗句に誤魔化されてはならないだろう。
またこの談話は、後半部分で、がらりとそのテイストを変える。そしてここに、安倍政権の「本音」と、この談話の真の目的が現れるのだ。
談話は、「日本が戦争に突き進み、戦争に負けてしまった原因」を、「欧米列強の国際秩序への挑戦者となってしまったからだ」と定義付ける。

つまり、欧米の強者が形成する「国際秩序」に歯向かったことが失敗だったのであり、「その反省をふまえて」、これからは「国際秩序」(つまりはヘゲモニーを握る米国の意向に従い続ける、と宣言されて締めくくられているのだ。そのために、日本が歩むべき道は、TPPであり、集団的自衛権の行使や安保法制などを含めた「積極的平和主義」の達成である、と結論付けている。
この談話は、日本は米国の属国として、米国のためにTPPを推進し、集団的自衛権を行使します、と言っているに過ぎないのだ。
安倍談話は、先の大戦に突き進んでしまった原因を、欧米の経済ブロック化のみに矮小化させ、あくまでも「被害者」であるという立場を匂わせる。そして村山談話の「国策を誤り」「独善的なナショナリズム」という、過去の日本を批判する言葉は、姿を消した。
そうした被害者意識、根底にある「我々は悪くない」という思想の最たるものが、満州事変のくだりである。
政治的な発言を極力控えなければならない立場の
天皇陛下ですら、今年の新年の挨拶で、「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています」と警鐘を鳴らしている。
その満州事変を、安倍談話は「国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした『新しい国際秩序』への『挑戦者』」と美化しているのだ。
そしてその挑戦は、国策を誤ったものではなく、「世界の大勢を見失っていった」結果、「進むべき針路を誤った」結果だと、いわば「戦略ミス」という認識なのだ。
では、安倍総理の言う「進むべき針路」とはどういうものなのか。それは、2度目に「経済のブロック化」という言葉が出てくる、談話後半で示される。
「断腸の念」も、「どうしようもなく悲しく残念な心持ち」という意味である。そこに「申し訳ない」という意味は一切込められていない。過去の日本の行為について、「絶対に自分では謝りたくない」という安倍総理の強い意志が感じられる。この安倍総理の「信念」は、この後も、談話全体を通して貫かれている。
こうして文章上の
明確な「謝罪」「お詫び」も「反省」もないままに、談話は次のフェーズ、「決意」に移る。
ここで初めて「侵略」という言葉が出てくるが、もちろんこれ以前もこれ以後も、この「侵略」が「日本が行った」ものを指すかどうかは言及されない。
さらに「植民地支配から永遠に訣別し…」という一節で、再び「植民地支配」という言葉が出てくるが、これも「主体」が曖昧だ。むしろ、この文章では、まるで日本もその植民地支配の被害者であるかのような表現となっている。
ここまでを通じて、
この談話における「植民地支配」とは、西洋諸国が行ったものであり、「民族の自決の権利」とは、第一次大戦を経て世界に広がったもの、という定義付けしかされていない。
日本が「植民地支配」を行い、アジア諸国の「民族自決の権利」を侵害した、という事は徹頭徹尾、否定されているのだ。
「痛切な反省と心からのお詫び」という、明確な
謝罪の文言は、過去形で閉じられる。つまり、これは現在の日本国総理である安倍総理(当人は常々、日本の最高指導者であることを自負する)の現在の思いでも、言葉でもないのだ。単なる引用なのである。
過去に行われた、「痛切な反省とおわび」を述べた歴代内閣の立場は、揺るぎない、というが、これもまた、
当事者としての言葉ではない。
ここからは安倍総理の言う「未来志向」の談話が続く。
自国の加害の歴史からは目を背け、歴代政権がこれまで謝罪してきたことのみを強調し、自身はかたくなに謝罪しない。その上で「許してくれてありがとう。これからは恨みっこなし」と言われて、通用するわけがない。

米国、英国、オランダ、豪州、といった、連合国の名前は列挙し、その元捕虜の寛容(その多くが、日本軍による虐待があったこと、性的な虐待や性奴隷化があったことも告発している)に感謝するが、踏みにじったアジアや西太平洋の国々の名前は掲げない。この落差も異様である。強者に媚び、弱者には名前をあげて率直な謝罪は表明しない。細かいことだが、細部に中韓への微妙な距離感をあらわす姑息な計算が感じられる。
そして、何の脈絡もなく、文脈上の前後のつながりも一切なく、「私たちの子や孫、その先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」という一文が唐突に現れる。
これは、安倍総理の秘蔵っ子である稲田朋美・自民党政調会長が、安倍談話については「謝罪を続けるのは違う」と述べ、「おわび」の文言は明記すべきでないとの認識を示したことと、リンクしている。
「もう謝罪は十分だ、必要ない」というのが、安倍総理の本音であり、この談話を通してもっとも訴えたかったのは、この「謝罪は不要」という点ではなかっただろうか。おそらく、今回、あえて談話を出そうとした目的が、この
「もう謝罪は不要」という宣言を発することだったのであろうと推察される。
そしてここからは、米議会演説でもかいま見せた、安倍総理の媚米的な属国姿勢が顔を覗かせる。「恩讐を越えて、善意と支援」などと、米国などを名指しでヨイショを始めるのだ。
「いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである」というフレーズは、安倍総理が国会や米議会演説など、あらゆる場所で、集団的自衛権の行使容認や安保法制を含めた
「積極的平和主義」の必要性を説くときに用いてきたものだ。
それは同時に、中国の南シナ海や東シナ海での動き、ロシアによるクリミア併合を「力による現状変更」と決めつけ、それを批判する意味合いでもしばしば使われてきた。

そしてここで再び、「経済ブロック化」という言葉が登場する。「先の大戦の原因となった」と定義づけられた「経済ブロック化」を悪玉視した上で、「自由で、公正で、開かれた国際経済システム」、つまり「グローバリズム」を対極にある善玉だと定義付け、これからの日本の進むべき道だ、と誘導している。
この段落は、端的に
TPPのことを書いている。安倍総理は今年4月に米議会で行った演説で、TPPについてこう語っている。
「日本と米国がリードし、生い立ちの異なるアジア太平洋諸国に、いかなる国の恣意的な思惑にも左右されない、フェアで、ダイナミックで、持続可能な市場をつくりあげなければなりません」「米国が、次いで日本が育てたものは、繁栄です。そして繁栄こそは、平和の苗床です」

米議会演説では、この文章の帰結として、「その営為こそが、TPPに他ならない」のであり、そうした「永続的な『平和と繁栄の地域』」を米国とつくりあげなければならない、と結んでいるのだ。
結局、この談話は最終的に、「過去の日本の侵略や植民地支配への痛烈な反省とお詫び」を再確認するのではなく、「米国の属国としてこれから歩んで行く日本」を再確認するものだったのである。先の米議会演説の単なる焼き直しに過ぎないことが、ここで明らかになった。
そして、極めつけは次の段落である。
「国際秩序への挑戦者となってしまった」というのは、前半の満州事変のくだりで用いられた、「日本が戦争に突き進み、戦争に負けてしまった原因」として定義付けられた言葉だ。

つまり、欧米の強者が形成する「国際秩序」に歯向かったことは失敗だった、と反省し、戦後70年も、そしてこれからも、「国際秩序」に、つまりはヘゲモニーを握る米国の意向に従い続ける、と宣言されて締めくくられているのだ
「自由、民主主義、人権といった基本的価値を共有する国々」とは、米国だけではなく、イスラエルも含まれることも留意しておかなければならない。
2014年5月にイスラエルのネタニヤフ首相が来日した際、「自由や民主主義といった価値を共有するイスラエルと協力していく」旨を述べ、その意味で「『積極的平和主義』の立場から、地域・国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献していく」と語っているのである。
ここからはっきりと分かることは、安倍総理が掲げる「積極的平和主義」とは、ジョージ・オーウェルの小説「1984年」に登場する全体主義国家が用いる「戦争は平和である」というスローガン同様、語義矛盾であって、つまりは米国の属国として、米国やイスラエルなどのために集団的自衛権を行使して一緒に地球のあちこちで武力行使をします、という話に過ぎないということだ。
まさに今回の安倍談話、そして集団的自衛権の行使容認や安保法制、武器輸出三原則の緩和などを含めた「積極的平和主義」は、この日本会議の勝手な思惑を体現したに過ぎないものだということが、今回の安倍談話を読み解くことで明確に見えてきた。
この70年談話が、日本国総理の名前で出されたことで、あたかも日本国民の総意であるかのように受け取られることを、強く懸念する。
私は、この安倍談話を承認しない。
日本国民の一人として、賛同の署名もしない。
私が国民の一人として継承すべきと考えるのは、村山談話であって、安倍談話はそこからの逸脱とみる。
日本の平和主義が脅かされる懸念があり、集団的自衛権自衛権行使とともに、米国に追従しての「積極的平和主義」路線を、認めないことを、改めてここに表明しておく。
(岩上安身)



▼安倍談話をドイツレベルに高めるなら、中国、韓国への侵略や植民地支配を象徴するモニュメントに安倍が足を運んで、何らかの形で頭を垂れることが必須となり、そこで初めて和解がら始まるのではないか。
https://twitter.com/bilderberg54/status/632391344032317440
メルケル「過去の歴史永久責任」・同い年の安倍「次世代謝罪不要」/去る3月、日本訪問で過去と正面から向き合ってください、また過去の歴史整理が和解の前提としていたメルケルのアドバイスを安倍は無視した。メルケルは1月アウシュビッツ収容所の解放70周年の演説で、「ナチスの残虐行為を振り返って記憶するのはドイツ人の恒久的責任」とした。
http://kankokunohannou.org/blog-entry-2946.html
ドイツのメルケル首相は永遠に謝罪し続けると宣言している。歴史観とは子々孫々に加害者意識を持ち続ける事。これが謙虚で平和を守る基礎思想となる。それを否定するとは、戦争法案を成立させ戦争宣言する思想に繋がって行く。やはり日本の歴史上最低最悪のリーダーである。
https://twitter.com/yasuo5390/status/632298044331978752


ついでに、「満州事変に始まる」と明仁陛下が言及されているのは、これを仕掛けたのは日本軍だと知っておられるからでしょうね。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201412070001/


んで安倍談話発表と同時に早速、卑劣な安倍一味は、歴史改竄を実行。
▼外務省ウェブサイトから歴史問題に関するページ削除。過去の談話を引き継ぐって言っていたくせに!! 過去の談話を引き継ぐとしておいて、歴史問題を書き換える卑劣さ。 削除されたページは、歴史認識や近隣諸国への謝罪などについて、政府の見解を示したもの。
http://www.asyura2.com/15/senkyo190/msg/751.html
▼安倍談話直前に外務省サイトの歴史問題ページが削除された件
http://matome.naver.jp/odai/2143969756032762801


そーいえば安倍一味は「靖国参拝」がお好きだけど、靖国を誤解している人が大多数なんで、言っておくけど、
靖国神社は「神社」ではなく、元来の正式名称は『東京招魂社』。中国から輸入した、長州の流れを汲む「呪術」の招魂場で、先の戦闘で死んだ軍人の霊を甦らせ、生者に乗り移らせ、敵への憎悪をかきたて、死への恐怖心を麻痺させ、『戦闘の鬼』へと変身させる儀式をする『招魂場』で、鎮魂とは無縁。
http://wiki.fdiary.net/moikomi/?military+shrine
http://www.asyura2.com/13/senkyo158/msg/645.html
http://www.asyura2.com/13/senkyo158/msg/655.html
http://www.asyura2.com/0311/dispute15/msg/1216.html
だからこそ、安倍一味は「靖国」にこだわるのよ。そこんとこ、間違えないでね♪

(関連)アベシ時代 http://apocalypsenow.jugem.jp/?eid=126

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  • 2016.01.29 Friday
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  • 16:07
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コメント
▼村山談話と安倍談話の根本的な違いは、実はかなり簡単に説明できます。
それは、村山談話が主として中韓をはじめとしたアジア諸国に対して出されたものであったのに対して、安倍談話がアメリカに向けて出されたものだということです。
安倍談話の構造は、米国議会演説で用いられたものと全く同じで「生まれ変わった(born-again)罪人」に日本をなぞらえるもの。
道を誤り、アメリカ主導の国際秩序の挑戦者となった日本が、敗北し許され、今やアメリカに従い「積極的平和主義」を掲げ国際秩序を支える、という「物語」。
ここでの「罪」が、植民地支配や侵略そのものではなく、アメリカに刃向かったことであることがキモとなっているわけです。
安倍談話の下書きもワシントン直結の人脈でした。
はっきり言えばこういうことです。安倍談話は、安倍が安保法制整備強行、TPP推進、辺野古移設強行、AIIB見送りなど、アメリカに尽くしに尽くすことのバーターとして許された範囲内の歴史修正主義の産物であり、アジア諸国との和解は一切念頭にないということです。
安倍談話発表の直前に、外務省のウェブサイトから歴史問題に関するページ削除。
http://sun.ap.teacup.com/souun/18117.html
  • ちょここ
  • 2015/08/17 4:01 PM
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